大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和31年(ワ)227号 判決 1963年3月28日

原告 鈴木ふさ 外六名

被告 丸半運輸株式会社 外一名

主文

被告両名は、連帯して、原告鈴木ふさに対し、金十五万八千四百五円、原告鈴木貢、同鈴木一男、同鈴木一二三、同平山雪江、同黒田清子及び同吉田政子に対し、各金二万五千円、及び右各金員に対する昭和三十一年三月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告七名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

原告七名訴訟代理人は、「被告両名は、連帯して、原告鈴木ふさに対し金五十三万四千十六円、その余の原告六名に対し各金五万円、及び右各金員に対する昭和三十一年三月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告両名の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「一、原告鈴木ふさは、訴外亡鈴木代助の妻、原告鈴木貢は、右代助と原告鈴木ふさとの間の長男、原告鈴木一男はその三男、原告鈴木一二三はその四男、原告平山雪江はその長女、原告黒田清子はその三女、原告吉田政子はその四女であり、被告丸半運輸株式会社は、荷物の運送を業とする会社、被告和田安彦は同被告会社の従業員として自動車運転の業務に従事している者である。

二、右訴外鈴木代助は、僧侶をしていたものであるが、昭和三十年十一月十一日午前十一時二十分頃、檀家巡回の途上、自転車に乗つて名古屋市熱田区沢上町一丁目の道路の車道西側沿いを北進中、市電沢上車庫前やや南方の地点に差掛つた際、被告和田の運転する被告会社所有の自動三輪車が後方から急速力で追越そうとして、その自転車の後部に自動三輪車の前輪及びその上部位を激突したため、自転車より道路上に転落し、頭部、肩、右腕等を強く路面に打付けて、意識不明、呼吸困難、苦悶、瞳孔散大等の最重症となり、直ちに附近の同町一丁目二十五番地の服部病院に収容され手当を受けたが、同月十五日午後八時三十分、脳内出血、右側頭部打撲傷、右耳部裂傷、右上膊及び前膊打撲挫創等により死亡するに至つた。

ところで、右事故現場たる沢上車庫前附近の道路は、交通量が夥しく、同所を通過する自動三輪車等の運転者は、先行の自転車、自動車等との間に一定の間隔距離を保ち、また前後左右を常に注視し何時でも徐行急停車して追突等の危険を防止すべき注意義務があるのに拘らず、被告和田は、代助の乗つた自転車を後方五十米距つたところより認めつつ進行接近して来、前記事故地点において代助の自転車をその右側より追越さんとして、誤つて自転車の後部に自動三輪車を追激突させたのであるから、本件事故は同被告が右注意義務を怠つた過失によるものである。

三、そこで、被告和田が右不法行為によつて生じた損害を賠償する義務があるのはもちろんであるが、同被告は、当時、被告会社の被用者としてその事業たる運送業務の執行に従事していたものであるから、被告会社は、その使用者として、同被告と連帯して損害を賠償する義務がある。

四、本件事故によつて原告らの蒙つた損害は、次のとおりである。

(一)(1)  原告鈴木ふさは、夫代助が僧侶として御布施によつて得る一ヶ月平均一万円の収入により生活していたもので、その二分の一の金五千円の扶養を受けていたのであるが、同人の死亡によりその扶養を受けられなくなつた。ところで、代助は、死亡当時六十九才であつたから、本件事故がなければなお九年間は生存して同原告を扶養できたはずである。それで、同原告は、結局一ヶ月金五千円の割合による九年間の総計金五十四万円の得べかりし利益を喪失したことになるので、この金額からホフマン式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると同原告の得べかりし利益の現在の価額は金三十七万二千四百十一円となるが、この金額が本件事故によつて同原告が扶養を受けられなくなつたことにより蒙つた損害である。

(2)  同原告は、右のように生活保護者でもあつた夫代助を失つたので、その精神上の苦痛はまことに甚大であり、これに対する慰藉料としては金十万円が相当である。

(3)  また、同原告は、本件事故により別紙明細表記載のとおり代助の治療費、葬儀費等合計金六万一千六百五円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(二)  原告鈴木貢、同鈴木一男、同鈴木一二三、同平山雪江、同黒田清子及び同吉田政子の六名は、本件事故で父代助を失つたことにより甚大な精神上の苦痛を受けたので、これに対する慰藉料としては、右原告六名に対し各金五万円宛が相当である。

五、よつて、原告らは、被告和田の不法行為により蒙つた損害の賠償として、被告両名に対し連帯して、前記請求の趣旨記載のとおりの各金員及びこれに対する本件訴状が被告両名に送達された日の翌日である昭和三十一年三月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

と述べた。(立証省略)

被告両名訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。」との判決を求め、答弁として、

「一、請求の原因第一項の事実を認める。

二、同第二項の事実のうち、訴外鈴木代助が昭和三十年十一月十一日午前十一時二十分頃、名古屋市熱田区沢上町一丁目の市電沢上車庫前やや南方の道路上において、乗つていた自転車より転落し、同月十五日午後八時三十分頃、同町一丁目二十五番地の服部病院において脳内出血等により死亡したことは認めるが、その余の事実を否認する。

三、同第三項の事実のうち、原告主張の事故発生当時被告和田が被告会社の被用者としてその事業たる運送業務の執行に従事していたものであることは認めるが、その余の事実を否認する。

四、同第四項の(一)の各事実は知らない。同(二)の事実を否認する。」

と述べた。(立証省略)

理由

一、原告鈴木ふさが訴外亡鈴木代助の妻、原告鈴木貢が右代助と原告鈴木ふさとの間の長男、原告鈴木一男がその三男、原告鈴木一二三がその四男、原告平山雪江がその長女、原告黒田清子がその三女、原告吉田政子がその四女であること、被告丸半運輸株式会社が荷物の運送を業とする会社であり、被告和田安彦が同被告会社の従業員として自動車運転の業務に従事しているものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、次に、右訴外鈴木代助が昭和三十年十一月十一日午前十一時二十分頃、名古屋市熱田区沢上町一丁目の市電沢上車庫前のやや南方の道路上において乗つていた自転車より転落し、同月十五日午後八時三十分頃、同町一丁目二十五番地の服部病院において脳内出血等により死亡したことは、当事者間に争いがなく、右事実に加えて、成立に争いのない甲第一号証の一、二(医師服部[金圭]三作成の死亡診断書及び昭和三十年十一月二十日付診断証明書)、第八、九号証(被告人小栗安彦に対する業務上過失致死被告事件の第一審における検証調書及び証人猪飼利一の尋問調書)第十号証(司法警察員作成の実況見分調書)、第十三、第十四号証(被疑者小栗安彦の司法警察員及び検察官に対する各供述調書)及び第十六号証(医師服部[金圭]三作成の昭和三十二年十一月十四日付診断証明書)を綜合すれば、被告和田安彦は、昭和三十年十一月十一日半田市内の織物工場で被告会社所有の小型三輪自動車(愛六あ〇一二九号)に綿布約七百五十瓩を積み込み、これを名古屋市長者町に運搬するため、同市市電の通称大津橋線通りの西側車道を、右側車輪を電車軌道に入れて時速約三十粁の速度で北進中、同日午前十一時二十分頃、市電沢上交差点の南方約二百米の地点にあたる同市熱田区沢上町一丁目三十六番地先の路上において、前方約十米の車道のほぼ中央を訴外鈴木代助が自転車に乗つて同一方向に進行しているのを認めながら、同訴外人がそのままの進路で直進するものと考えて警笛を吹鳴せずその右側を約一米の間隔を置いて追越そうとしたため、同訴外人が俄かに進路をやや北東(電車軌道寄り)に変えて同被告の進路に入つて来たのに対して急停車の措置をとるとともにハンドルを右に切つてその右方へ避けたが及ばず、右自動三輪車の前部左側を同訴外人に接触させ、同訴外人をして自転車もろともその場に転倒させたこと、そのため、同訴外人は、脳挫滅、右耳部裂傷、右側頭頂部打撲、右上膊及び前膊打撲の傷害を負い、直ちに被告安彦らによつて近くの同町一丁目二十五番地服部病院に収容されたが、その時には既に意識不明、呼吸困難等の重態であり、遂に同月十五日午後八時三十分、同病院において死亡したことが認められ、右認定に反する甲第十二号証(前記被告事件の第一審の第五回公判調書中被告人小栗安彦の供述記載部分)、同第十七号証の四、五(同第二審における証人加藤てる及び同山口久子の各尋問調書)、乙第一、二号証(加藤てる及び山口久子作成の各上申書)、同第三、四号証(前記被告事件の第一審における証人加藤てる及び同山口久子の各尋問調書)及び同第六号証(同第二審の第二回公判調書中被告人の供述記載部分)の各供述記載部分は信用できないし、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、自動車の運転者は、それより速度の劣る自転車を追越そうとする場合には、自転車乗りが自動車の進行に気付かないで進路を変えることから起る接触等の危険を未然に防止するため、予め警笛を吹鳴して自転車乗りに充分注意を与えるとともに動静にも注意し、かつ充分な間隔を置いて追い越すべき注意義務があるというべきところ、前記認定事実によれば、被告和田安彦は、訴外鈴木代助がそのままの進路で直進するものと速断して、警笛を吹鳴せずその右側を約一米の間隔を置いて追越そうとしたため、本件事故の発生となつたものといわなければならないから、同被告には右注意義務を怠つた過失があるというべきである。

三、そして、被告和田が本件事故当時、被告会社の被用者としてその事業たる運送業務の執行に従事していたものであることは当事者間に争いがない。

すると、被告和田は不法行為者として、被告会社は被告和田の使用者として、原告らに対し連帯して、原告らが本件事故によつて蒙つた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

四、そこで、原告らの蒙つた損害の額について検討する。

(一)(1)  原告鈴木ふさは、まず扶養請求権侵害による損害の賠償を請求しているのであるが、原告鈴木ふさ及び同鈴木一男各本人尋問の結果によると、原告鈴木ふさは、代助の死後は、子供の原告鈴木貢ら六名によつて代助によるのと同程度以上の扶養を受けており、また今後も扶養を受けるであろうことが認められるので、原告鈴木ふさ自身には、扶養請求権の侵害がなく財産的損失はないというべきである。のみならず、本件においては、右各本人尋問の結果によつても、原告鈴木ふさが代助とともに生活してどれ丈の扶養を受けていたかについてその額を確定できないし、他にこの額を確定できるに足りる証拠もない。それ故、右損害賠償請求は失当である。

(2)  原告鈴木ふさが夫の代助を失つたことにより相当の精神的苦痛を受けたことは明らかであるから、その慰藉料の額について考えてみるに、原告鈴木ふさ及び同鈴木一男各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、代助は、本件事故当時六十九才であり、原告鈴木ふさとの間の子供達である原告鈴木貢ら六名はそれぞれ成人して独立したので原告鈴木ふさと二人で老後の生活を営んでいたものであること、代助は生前僧侶であつたが、定まつた主持寺がなく一般檀家の招聘に応じて仏事供養等の式典を営みそれに対する御布施によつて収入をえていたこと、そして同人と同原告との生活費は、右代助の収入や子供達の多少の援助によつてまかなわれていたこと、及び同原告は前記のように代助の死後は子供達に扶養されていることなどが認められるので、これらの事実に、前記認定のような本件事故発生当時の状況、ことに前記認定事実からも明らかなように代助自身老令でありながら車道の中央部を自転車に乗つて進行していたばかりか俄かに進路をやや北東(電車軌道寄り)に変えたのであるから、本件事故の発生については過失があるといわなければならないこと、その他証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、同原告が蒙つた精神的苦痛は、被告両名より金十万円を受けることによつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

(3)  次に鈴木ふさが代助の治療費、葬儀費等を出捐して蒙つた損害額についてみるに、原告鈴木一男本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第二号証の一ないし三及び第三号証の一、二に原告鈴木ふさ及び同鈴木一男各本人尋問の結果を綜合すれば、原告鈴木ふさは代助が本件事故のため受傷入院してから死亡するまでの間必要に応じて別紙明細表(一)の1ないし8のとおり服部病院に対する治療費等として計金二万二千四百七十円を支出し、同人死亡後、同明細表(二)のうち1、2、6ないし18記載のとおり葬儀費等として計金三万六千百三十五円を支出したこと、なお、同(二)の3ないし5の各費用は同(二)の2の葬儀費の一部をなしているもので、別個に支出したものではないことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。しかしながら、原告鈴木一男本人尋問の結果によると、右(二)の費用のうち16の死亡診断書(八通)の代金八百円は、本件不法行為とは全く別の原因である保険契約に基く簡易保険金受領のためのものなども含まれていることが窺われるので、うち六通の代金六百円のみ本件不法行為と相当因果関係のある必要費と認めるのが相当である。それで、原告鈴木ふさが本件事故のために支出したのは、結局前記(一)の計金二万二千四百七十円と、前記(二)の計金三万六千百三十五円から金二百円を差引いた金三万五千九百三十五円との合計金五万八千四百五円となり、同原告は、同額の損害を蒙つたことになる。よつて、被告両名は、同原告に対し連帯して右損害の賠償として金五万八千四百五円を支払う義務があるといわなければならない。

(二)  原告鈴木貢、同鈴木一男、同鈴木一二三、同平山雪江、同黒田清子及び同吉田政子の六名が父代助を失つたことにより精神的苦痛を受けたことは明らかであるが、前記(一)(2)において述べたような諸般の事情を考慮すると、右原告らが蒙つた精神的苦痛は、各二万五千円宛を被告両名より受領することによつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

五、そうすると、被告両名は、連帯して、原告鈴木ふさに対しては慰藉料金十万円と財産上の損害金五万八千四百五円の合計金十五万八千四百五円、同原告以外の原告ら六名に対しては慰藉料として各金二万五千円、及び右各金員に対する本件訴状が被告両名に対して送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年三月九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 堅山真一)

別紙

明細表

(一) 鈴木代助の入院から死亡までの間の費用

1 治療費(服部病院)       一五、二五〇円

2 附添看護婦払(〃)        一、八五〇円

3 氷代                 四〇〇円

4 チリ紙、脱脂綿、氷のう、ガーゼ代   八〇〇円

5 石鹸代                 九〇円

6 附添夜食代            二、〇〇〇円

7 寝台車代(服部病院から自宅まで) 一、八〇〇円

8 電報代                二八〇円

計  二二、四七〇円

(二) 鈴木代助死亡後の費用

1 診断証明書代             一〇〇円

2 葬儀費             一一、〇〇〇円

3 忌中服代             一、八〇〇円

4 葬儀火葬人夫代            八〇〇円

5 霊枢車、バス運転手払         四〇〇円

6 連絡自動車及び電車賃       一、〇〇〇円

7 骨上自動車代             三〇〇円

8 出立おとき(主食、副食)代    六、八二〇円

9 膳借料              一、〇〇〇円

10 仏前供物代              四二〇円

11 炭代                 四〇〇円

12 お茶、菓子代           二、三四〇円

13 お坊さん御礼          一一、〇〇〇円

14 電報代                五二〇円

15 交通費(市電バス)          一三〇円

16 死亡診断書(八通)代         八〇〇円

17 戸籍謄本、郵送代           二七五円

18 戸籍抄本代               三〇円

計  三九、一三五円

(一)(二)合計  六一、六〇五円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例